
2009.4.9
私の人生の中でも大きな決断だったと思う別居を選んで1年たちました。その後離婚という考えても見なかった選択をし、この1年でいろんなことを知ったような気もするし、かといって自分を見るとあまり変わってないような、まさに混乱といった年でした。
自分の気持ちを書かせていただく機会をいただいて、自分と語り合い、心に問いかけることをして、自分の暗い面、明るい面を見ることができたのはとても新鮮でした。ありがとうございました。
また、メッセージをいただいて、どこかで同じように悩んでいる人がいることに悲しさを感じながらも連帯感を覚え、お互いに乗り切りましょうと祈る日もありました。メッセージを下さった方が、どういう形であれ今後悔をしていないことを望みます。
私は結婚が終わったことはとても残念だし、やりきれない気持ちではありますが、最終的に離婚を選択したのは自分だったので後悔はしていません。自分で選択をしたということを自信として、生きていきたいと思います。
これを目にしてくださった方も後悔のない人生を送られることをお祈りしています。
それではまたお目にかかる日まで、ありがとうございました。
2009.3.20

私が住んでいるのは住宅街で、さまざまな庭木が花を咲かせています。去年の今頃は心がどん底だったのか、こんなに花が咲いていた記憶が全くありません。
怒りや、憎しみや、今まで持ったことのない感情でいっぱいだった去年の今頃。そこからきれいさっぱり抜け出せたわけではありません。今でも人をあのような気持ちにさせた彼が、この先幸福になることを私はまだ許せません。だけど、人の不幸を願う人間であることが、私自身を暗い気持ちにしているような気もします。
でも、去年は気づかなかった春を今年は感じられるようになっていることは、私の心が変わっている、この先も人の不幸を願い続けるわけではないかもしれないと思わせてくれます。日常が壊れるのは一瞬でしたが、それを取り戻すにはどのくらいかかるかわかりません。いえ、取り戻すのではなく新しく作っているのだ、裸の枝に新しく花が咲くように。梅やコブシを見ながら自分の心をそこに映しています。
2008.12.27
今年がもうすぐ終わります。天変地異に匹敵するような出来事にみまわれたような1年でした。おおげさかもしれませんが、私にとってはまさにそんな年でした。
また、これからどのように生きていくか、それを今までの人生の中で一番考えた年でもありました。結婚をしたのが比較的早かったこともあり、なんとなくこのまま生きていくのだ、彼と一緒に彼を支えて生きていくのだと考えていました。そうすることがなくなった今、自分はどのように生きていくのか、事あるごとに考えていました。私の家族は今は両親だけです。多分そう遠くない未来に一人になる日が来ると思います。その時に彼らが安心して私を一人にできるような人生を手に入れられるようになりたい、と考えています。まだまだ実現には遠いですが、そうなるよう頑張っています。仮に今後私が再び配偶者を得ることがあったとしても、自分の人生を自分で生きられるように考えたことはマイナスにはならないと思っています。
ただ、そんな風に考えなくてもよかった人生が続いたのであれば、それもとても良い人生だったような気がして、寂しい気持ちになります。なので、この寒い年の瀬に、むつまじい人々を目にすると、心が痛んでしまい、うつむきがちに街を歩いてしまいます。でも、もうすぐ新しい年です。苦しいお気持ちの方にも、もう吹っ切れた方にも、私にもよい年が訪れるますように!
2008.12.7

別れを切り出されて約一年がたちました。一年前はこんなことになるとは思ってもいず、きっと彼の心は戻ってくると信じていました。結局彼の心は戻ることはなかったのですが、果たして自分の選択が正しかったのか、最適だったのか今でも考えることがあります。もっと努力をしていればもしかすると彼の心は変わったのではないか、何をしても彼の心はきっと変わらなかったからこれでよかったのだ、もしかしたら私は途中で投げ出してしまったのではないか、と、色々な考えが出てくることがあります。そんな時は、考えが出てくるに任せてしばらく悩みます。ああすればよかったのではないか、いやそれをしても無駄だったのではないか、と出るだけの考えを出してしまいます。そして、でも私はもう選んだのだ、と考えます。今までも沢山の事を選んで、今の自分がいる。大きな選択だったけれど、私はそれを自分で選んだのだ。せめて選択をしたことを自信にしよう。自分で選ぶことが出来たという自信を育てよう。そう考えます。ベストの選択だったかどうかはわからないけれど、自分で選んだのだから、自分で責任を持とう。自分に言い聞かせるようにしています。別れは、それほどに私にとっては大きな出来事でした。
2008.10.9
一人になって1ヶ月がたちます。一人になる前は、一人では生きていけない、と思ったこともありました。でも一人でも生きていけるものなんだと思った1ヶ月でもありました。自分で全てを決める人生を探している途中です。喪失感に全てを投げ出したくなることもありますが、全てを無にしてしまう勇気もなくて、結局日常に戻ってくるというのを繰り返しているうちに日々が過ぎていきました。憎んだり、感情的になったり、落ち込んだりの繰り返しです。あるとき、「宝物をゴミ箱に捨てたのが自分だったら誰も責めようがないからあきらめるしかない、でも自分以外の人が捨てたらその人に不満を言っても、それほど責められることじゃない」と思ったことがありました。それまでは、彼を憎む自分が受け入れられなかったり、そのことで自分自身を不快に感じたりしていたのですが、そう思ってからは、彼への憎悪が沸き起こっても、「そりゃ、あんな大切なものをゴミ箱に捨てるような人なんだから、多少憎まれても当然」と受け流せるようになりました。小さい頃、親に宝物を捨てられて泣き喚いたこともあったけれど、それも呑み込んで大きくなった今、いつかはこの気持ちもなんとかできるんじゃないかなと思えるようになりました。なので、素直に気持ちを吐き出します。バカヤローーー!!!
2008.9.19

15年間、一緒に人生を送っていこうと共に暮らした人と、離婚しました。あの狂ってしまったとしか思えない人に、今までの私の人生の一部に別れを告げ、これからの人生の一歩を踏み出すための届けを託すことはできなかったので、私の手で提出しました。提出までに半年以上あったためか、思っていたほどダメージはありませんでした。もっと傷ついてしまうかもしれない、もしかしたら持ち帰ってしまうかもしれない、と思っていたのですが、逆に自分で人生を選んだのだという、小さい自信のようなものを感じました。もっとも、時折「早くあの人がこの世からいなくなればいいのに」と考えている自分がいます。多分許せないのだと思います。これからも許せるのかどうかはわかりません。でも今は、自分は人生を選ぶことができるのだという自信を、少しづつ育てていくことを考えていたいと思っています。
2008.8.1
彼は女性との関係を、1人の相手ではない、1度きりの相手と何度か関係を持ったと言い張っていました。もちろんそれは嘘です。1人の女性からの膨大な量の携帯電話に送信された写真を、彼は大切に持ち歩いていました。その女性を守りたいがために、私に嘘をついている。その嘘に気が狂ってしまいそうでした。岡島さんに話を聞いていただき、「真実は人を傷つけるが、嘘は人を殺す」という言葉を聞いたときに、「本当だ」と思いました。どんなに傷つく内容でも、嘘を聞かされるよりはましです。嘘は、内容よりも嘘自体が殺傷力の高い凶器です。人にはあんな凶器を作り出す心があることを知り、その凶器を振り回している事に気づかない人と、どういう関係を築いていくか、それを考えることで、嘘で殺された心が少し生き返ったようです。そして、私の行き着いた考えは「嘘はつきたくないし、つかれたくない」でした。
2008.6.24

私は彼の不倫を知った後、とてもどす黒い感情を抱えていました。復讐、呪いといった感情です。私の感じている痛みと同じ痛みを彼に、いや、それ以上の痛みを彼にと思っていました。しかし、不倫をしようとは思いませんでした。彼以外の男性と関係を持ちたいとは思わなかったからです。それをすれば復讐が果たせ、別れが決まった今でも残っている、晴れないこの気持ちが、すっきりとしていたのかもしれないと思うこともあります。でも、愛している人を裏切ってもいいと思う気持ちを持たなくてよかったと思っています。愛情が色あせる、そんな空虚な感情を持たずに済んだことをよかった、愛していた人が魅力的でなくなる姿見なくてよかったと。私の愛情は色あせていないのだと思います。愛情を持ったまま別れることになり、喪失感でいっぱいです。だけど、この喪失感のほうが私にとっては明るいものだった、そう思っています。
2008.5.30
私が夫の不倫を知って、最も感じた感情は孤独感でした。今まで一番信頼していた、一番自分のことをわかってくれていると思っていた人が、自分以外の人に愛情を向けていたと知り、一人で取り残されてしまったようでした。「遅くなる」という言葉を信じて、「がんばって」という言葉をかけていた時に、彼は別の女性と会っていたのだと思うと、なんともやりきれない気持ちになっていました。不倫をされている、ということを、どう他人に相談していいのかわからなくて、重い心を持て余して過ごしていた時に、BANミーティングに参加し、初めて辛さや苦しさをわかってもらうことができ、私は孤独ではないと思えました。自分の気持ちを受け止めてもらえるということが、これほど心を軽くするものかと思ったことを今でも忘れられません。私は別れる道を選ぶことになりましたが、彼と別れても一人ではないと思えたことで、前向きに別れと向き合えたような気がします。
先日、BANのお花見に参加しました。ちょうどその少し前、夫に「今のように完全な回復とはほど遠くても、生きていて、笑って、幸せだと思うときすらある(もちろん反対にどん底な気持ちものときも・・・)のは、あなたと、岡島さんと、BANで知り合ったり、まだ会ったことがなくても同じ痛みを持ちながらもなお前向きに生きたいと願っている人たちの存在のおかげだと思う」と話しました。(…続きを読む)
「仲間の声」を書き始め約半年で私の混乱期が終了します。ラストメッセージは妻との対峙の始まり、夫婦再生の本当のスタートラインに立てた報告です。苦しさや辛さがいつまで続くのか?自分の考えや選択が正しいか?など様々な葛藤があり、仲間に包み隠さず自分達の行動や私の考えを伝えよう!と原稿を書くことで自分の心を整理していたようです。(…続きを読む)

私の人生の中でも大きな決断だったと思う別居を選んで1年たちました。その後離婚という考えても見なかった選択をし、この1年でいろんなことを知ったような気もするし、かといって自分を見るとあまり変わってないような、まさに混乱といった年でした。









